最近ムツゴロウ熱が高まってきた。
もいっちょ感想など。
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どこ吹く風だ 麦畑

「あのですね、耳に入れておいた方がいいと思いますけ
 ど、A子とBの行い、ちょっと目に余りますよ。この
 ところBは、夜になるとA子の部屋に入り浸りなんです」
「それがどうした?」
「だってBは、C子と結婚の約束をしているんですよ。
 ときどき二人は、車で出かけますが、その車、すぐ近
 くのラブホテルに駐(と)まっているんですよ」
「それで?」
「冷たいんだなあ、ムツさんは。Bの奴、もめごとの種
 子(たね)をまいているんですよ」
「あのなぁ」
「はい?」
「誰かさんと誰かさんが麦畑、なんだよ」
「何ですか、それは」
「こっそりキスした、いいじゃないか。な、歌にもそう
 あるんだ」
「キスだけでしょうか」
「知るかい、そんなこと」
「男と女が二人っきりでいてですよ」
「することはたくさんある。英語の学習をしているかも
 知れないし、セッセッセをしているかも知れない。ど
 うでもいいんだ、そんなことは」
「よくありません」
「正義漢なんだね、君は。まるで月光仮面みたいだ」
「ぼくは−−ぼくは、愉快に生きていたいんです。です
 から、三角関係のもつれがまわりに起きて欲しくない
 のです」
「あのなぁ」
「はい」
「うちの憲法は、旨い物は早い者勝ち。それが第一条で、
 一つしかないから、唯一条と言ってもよろしい。しか
 し、かつては第二条があり、それは、恋愛は自由だが、
 三角関係が同じ空間であってはならないことを決めて
 あった。男性Aが女性B、Cと恋愛した時、女性Dが
 男性E、Fと寝た時、つまり、三角関係の頂点に当た
 る、AとDは、退去すべきだという決まりだった。こ
 しらえはしたのだが、すぐにつまらなくなって、即刻
 廃案にしてしまったのだよ」
「またァ、どうしてなんですか」
「だからさ、誰かさんと誰かさんが麦畑なんだよ」
「分かんないなあ」
「いいかい、よく聞けよ!」
 と、私は居ずまいを正した。
「三角関係がどうしたの、こうしたのという馬鹿な決ま
 りを作ると、人はそれにとらわれて、あの人とあの人
 が二人で出かけた、何をするのだろうと空想するよう
 になる。おれ、それはいやしい行為だと思う。目の前
 にいない人たちの行為を、あれこれと想像するのはよ
 くないことだ、恥ずべきことだ」
「そうでしょうか」
「君の両親がだよ、お休みと言って寝室に引き揚げて行
 ったとしよう。君は、それから先を空想するか」
「だって二人は、世間が認める正当な夫婦じゃありませんか」
「正当であろうとなかろうと、想像だけは出来るわけじ
 ゃないか。ああして、こうしてと思っている内に、と
 んでもない空想に発展していく。そしてそれは、いや
 しい、恥ずべき行いなんだよ」
「そうかも知れません」
「おれは世界をまわって、うちのような人間の集まりは
 ないものかと捜したのだが、短期間、出来はするのだ
 が、すぐつぶれてしまっている。つぶれる理由の最大
 のものは、二つだけだ。一つは金の分配。もう一つが、
 男と女の間のもつれなんだよ。まあね、金については
 だよ、うちはずっと心配しなくてよかった。皆の稼ぎ
 が足りなくったって、おれのをまわしていたからね。
 もめたって仕方がなかったさ。でも、男と女のことは、
 ずいぶんあったっけなあ。結婚しただけでも、十五組
 はいるんだぜ」
「子供も多くなりました」
「どうしてだろうね。自然や動物のことに関係し、集団
 をつくると、その中で男と女が結ばれるんだ」
「嫁さんを他から連れてくることはありませんでしたね」
「恋愛もまた多かったけれどね」
「あります、あります」
「おれ、見ないのが正解だと思う。ある人が目の前から
 去る。その瞬間、何をしようと構わないと思ってしま
 うんだ。突きはなすと言ってよし。切る、断つと言っ
 てよし。つまりだ、誰かさんと誰かさんが麦畑なんだ」
「なあるほど」
「おれ、こんなことがあったよ。ある日、おれのもとの
 書斎に行ったんだ。ドアを開けたとたん、ベッドが見
 え、そこに男と女の頭が並んでいた。おれは、さっと
 ドアをしめたっけ。そして、二人が何をしていたのか、
 いやした後なのか、空想しようとしている自分を叱り
 つけた。疲れて寝ていただけかも知れないしね」
「その二人、どうしましたか」
「一年ほど経って結婚したさ」
「ムツさん、その間、何も言わなかったのですか」
「いや、半年後ぐらいだったかなあ、二人がひどい喧嘩
 をしてねえ、ちょっと聞き苦しいことを言い合ってい
 たので、二人に命令を下した。二人で、ラブホテルへ
 行け。そして、夜中まで帰ってくるなとね。二人を車
 のとこまで連れて行き、乗せ、ホテル代を渡し、とに
 かく行ってこいと言ったさ」
「行きましたか」
「どこかへ行ったみたいだよ。車はゲートを出て行き、
 林の中へ消えた」
「ホテルに行ったんでしょうかねえ」
「それが余分だと言うんだよ。消えた、はいおいまいと
 いうのが正しい。今の日本のマスコミ文化を見ている
 とだね、空想を拡大する報道が多いよね。とくに、テ
 レビのショウ番組や写真週刊誌などは、二人で歩いて
 いる所を写しただけで、その先を想像してしまってい
 るものね。プライバシーの侵害であり、人間が人間ら
 しく生きていく権利を奪っているよね。そう思わないか」
「思います。行き過ぎが多いです」
「個人の生活は麦畑」
「誰かさんと誰かさん、でしたよね」
「麦畑」
「何をしても、知るものか」
「どこ吹く風だ、麦畑」
「いいっすね。何だか楽しくなってきました」
「だろう。気にするな。目にするな。何よりも空想するな、麦畑」
 私は、からから大声で笑った。何か大切な宝を得た気分だった。
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はじめて告白した際、
「私が他の男の人と会ったら怒る人?」
と尋ねられたことがある。

自分が見えないところで、相手が何をしているかなんて、
考えるのはなんだか無駄というか、意味がないような気がして、
そのときは「別にいいんじゃないの」と答えたっけ。

要するに「相手を信じるか、信じないか」の問題じゃなかろうか。
「相手を信じられない」のなら、人なんて好きにならないほうがいい。

自分自身の基本姿勢は、
「相手がした行為に関して自分が嫌だと感じることは、
 自分も行わない」。

それが思いやりであり、信じることにつながるんじゃないかなあ。

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